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家族国家の家族法:現代日本における親権争いと親たちの活動(原稿準備中)


2013年公開のドキュメンタリー映画「From the Shadows」では、アメリカから来日した白人の母親、リーガンさんが警察署へ出向き、自分の二人の子供が誘拐されたと通報します。リーガンさんは自分の日本人の夫、シュウタさんが最初に子供たちを連れ去ったことは分かっていましたが、どうやら義母が二人を匿っているようです。子供たちがどこにいるか分からないと言うシュウタさんと交渉しながら、リーガンさんは警察署へ直接出向き、助けを求めます。しかし通訳者を介し警察側はリーガンに陳謝し説明します。「大変恐縮ですが、私どもはあなたのケースを誘拐でも、犯罪でもないと考えます。これは家族の問題で、私どもは家族の問題に介入できません。」また通訳者はこう要約しました。「もし誘拐者が家族の一員ならば、家族内で解決してください。警察は介入できません。」警察側が説明するには、このケースは犯罪に当たりません。なぜなら加害者と被害者の関係が親子だからです。通常、親は自分の子供を誘拐できないからです。


日本国内、また日本への親による子供の連れ去りは一定の頻度で発生しており、近年ではますます日本の政府やメディアの注目を集めています。大いに議論の余地のある、こうした連れ去りのケースは、片親が子供を連れ去り、もう片方の「取り残された」親と子供の接触を制限するというのが含まれ、長年に渡って頻繁に発生しています。国外への連れ去りと国内での連れ去りがあり、国外への連れ去りは片親が国境を超えて子供を日本へ連れて帰るケース、国内での連れ去りは片親が子供たちをもう片方の親から完全に引き離すケースがあります。たとえ子供たちの居場所が分かっていても、日本の警察や法執行機関が連れ去った親を罰すること、子供の連れ戻しに協力することはほとんどありません。実際問題として、日本へ連れ去られた子供、国内で連れ去られた子供は親権を持たない片親との接触を絶たれる恐れがあるのです。それはたとえ他国で夫婦が親権を巡って法的に合意していても、更に言えば日本の司法制度内で法的に合意していてもです。親による子供の連れ去りに関して、日本の法執行機関はとりわけ介入することが出来ない、もしくは介入することに消極的なのです。

2014年4月、日本政府は政策の転換に乗り出し、子供の国外への連れ去りにのみ対応した標準国際協定に加盟します。1983年以降、「国際的な子の連れ去りの民事上の側面に関するハーグ条約」は国境を超えて連れ去られた子供たちを返還するためのメカニズムを提供しています。この条約に署名した国々は、国家や地域の法執行機関を使って連れ去られた子供を見つけ、地方自治体で聴取を行った後に、連れ去られる前まで暮らしていた「いつもの家」へ子供を返還することを約束します。(「いつもの家」の定義とは何か?どれほどの時間を過ごした場所が「いつもの家」なのか?などの疑問が現存のケースでは残っています。)

ハーグ条約は連れ去りに加担した者の有罪や無罪もしくは子供の親権を決めるものではなく、速やかに子供を保護し元の家、いつもの家に戻す、そしてそこで今後のケースを話し合い、親権を決定するために設計されました。同条約が1970年代後半に設計、起稿された際、執筆者たちは親権を持たない父親が親権を持つ母親の元から子供を連れ去るなどといった典型的な連れ去りを想像しました。日本や他国で今起こっているケースはまさにこれとは逆のケース、親権を持つ母親が子供を連れ、「暴力」から逃げるというものです。しかし同条約の原文では子供を連れ去るのは「悪い男(父親)」であるとされています。だからこそ、子供を連れ去った母親の「父親の暴力から逃げてきた」と主張するケースに同条約のメカニズムをはめ込むことが難しいのです。日本では2014年4月1日に同条約が批准されて以来、日本内外に連れ去られた子供たちを含む、24件のケースが提訴されています。

私が現在執筆中の新しい著書、家族国家の家族法:現代日本における親権争いと親たちの活動n.では、国際家族法内の文脈に当てはまる日本の家族法を調べ、日本の「集合体のシンボル」としての「家族」の重要性と、司法制度が「足を踏み入れられない聖域」として「家庭」を特別扱いすることが単に家族間紛争で助けを求める人々が陥る落とし穴を掘っているだけに過ぎないことを指摘しています。日本が1868年に「近代」国家となって以来、家族は文字通り、象徴的な意味で国家の中心でした。日本は自らを「家族国家」と呼び、同時に大衆イデオロギーは大家族を国策として提言します。当時の法律は特定の家族規範のみを受け入れました。そのような理想を明瞭に語りながら、日本の検事たちは「家族問題」の解決のために法律を用いたくないと言います。なぜなら家族はあまりに重要すぎて、私的すぎるからです。本書では、このような発言の中の仮定を論破し(調べ?)、どんな法律が家族間紛争に苦しむ人々の役に立つのか?法律が役に立たないメカニズムならば家族はどう家族間紛争に向き合えば良いのか?について問いかけています。親による連れ去りのケースを出発点に、本書「家族国家の家族法」では日本国内外の家族と法律の関係について人類学、ジェンダー研究および法律学の研究方法に寄与しながら、理論付けたいと考えます。

本書は、12ヶ月に渡り日本人、非日本人の両親、活動家、連れ去りを体験した子供たち、政治家、検事、外交官、法学者を対象に行った民族学的な実地調査を元にしています。ABE基金から助成金を受け、主要な実地調査は日本がハーグ条約を批准した年に行っており、筆者は移行期の重要な瞬間に立ち会うことが出来ました。