私の学位論文は現代日本における離婚経験についての民族誌的研究から成り立っている。この論文における目標は結婚経験の崩壊がかつてないほど、一般的になっている時代に、人々はどの様に恋愛関係、家族関係、個人の自立、また人間としての成熟の基準にそれぞれ兼ね合いをつけながら、対応しているのかという事を分析するところにある。この近代を通して、公的な発表もまた人々の一般的な話にも、さらには日本国家としてみた時の系統的論述も、比喩的な、国家、一団体としての「家族」、また社会の主流となっている規範によってつくられる文字通りの「家族」という様に、「家族」のイメージが根底にはある。しかしながら、ここ数十年間の間に、家族というものの構造も、また社会の主流生活の基盤としての家族というものも劇的に変わってきている。2003年には日本人の結婚生活の三割が離婚に終わるという統計的予測も、離婚経験と言うならば、事件、またその過程、そしてその多様性を理解する事の重要性を指し示している。


離婚経験は社会的成熟を結婚、親である事と結びつけ、結果として、離婚した者の立場「バツ一」を感情的で不安定な分類に置く、日本の観念形態によって形作られる。一方で、恋愛結婚に人々を長い間駆り立ててきた、ロマンスと自己実現への理想は今、その結婚生活の崩壊を正当化する理由となっている。私の予備調査は、幼い子供を巻き込む離婚の増加は、日本における「受け入れうる」離婚というものへの一般的な概念に疑問符を打ち、また離婚後の経験に対する新しい対応図を早急に描く事を私達に迫っている。離婚は、私達をより奮い立たせる力を持つ選択肢として、もしくは、他に選択肢のない時の唯一、必死の行動としても経験される事があり、よってこのトッピクは、日本人が個人として、夫婦として、また家族として、個人の選択、そして家族構造の変化にどの様に対応しているかという事を紐解いていく鍵となる。